加害の歴史が刻まれる街で
ベルギーの祝日と大学の休みと普段の全休日が上手い具合にかぶったことでできあがった11連休。その最後の3日間を利用してドイツの首都・ベルリンに行ってきた。
留学して初めての国外旅行先にベルリンを選んだのは、行ったことがなくて前から訪れてみたかった場所だったのと、実は6月末からベルリン発の邦人企業でフルリモートインターンをさせてもらっていて、同僚というか上司というか、普段一緒に働いている人たちに一度対面でお会いしておきたいし、タイミングが合えば案内してもらえるかも、という理由からだった。(かくかくしかじかで結局その同僚のうちの1人の家にお世話になり、感謝しきれないほど至れり尽くせりサポートしてもらったのはまた別の話。本当にありがとうございました。)
私のこの旅の1番の目的は、ベルリンの壁を見ることだった。これだけは何が何でも絶対に見たい!と事前に伝えていたので、長距離で壁の残るEast Side Galleryに連れて行ってもらった。
おそらく最も有名なブレジネフとホーネッカーのキスの絵
なぜ若干写真がボケているのかというと、暴風雨だったからだ。この周辺にはカフェもなくとりあえず壁沿いを歩いていくしかないとのことだったので、傘が使い物にならないほどの雨の中、上のキスの絵のところや車の絵のところなどでパッと写真を撮り足早に進んだ。本当はもっとゆっくり見たかったのだけど、こればかりは仕方ない。いつかまた晴れているときにリベンジしよう。
ずらりと続く壁。厚さはこんな感じ。イデオロギーの分断が物理的に行われていたなんて。
ところでこれを読んでくれている人はベルリンにどのようなイメージを抱いているだろうか。私がベルリンを訪れる前のイメージは、留学していた友達から話を聞いていたこともあり、“そこら中の壁に絵が描かれている、アートでカオスな街”といった感じだった。
イメージしてたベルリン。街中こんなんだと思ってた。
が、そのイメージはベルリンの東側の話だった。今でもベルリンは西と東で大きく雰囲気が違う。東側はストリートアートが点在しドラッグの売買なども行われているような地域で、対する西側は資本主義の勝利を象徴するかのように高級ブティックが軒を連ねる通りがある。
でも雰囲気は違えど、東西構わず街の至る所に歴史の片鱗がー時折文字通りにー埋め込まれている。
1番有名なものは、ブランデンブルグゲートからほど近いところにあるJewish Memorialだろう。
高さや長さが1つずつ違うのは、いろんな個性ある人たちが連れて行かれたことを意味している
規模も大きいし、すでに観光スポットとなっている。
HIER WOHNTE ドイツ語で“ここに住んでいた”
これは、ベルリン中の建物の前の地面に埋められているゴールドプレートだ。その場所に住んでいた、強制収容所に連れて行かれた人の名前、連行された日と場所などが刻まれている。
これだけではない。かつて東西の境界を越えるための検問所だったCheck Point Charlie、その横にある歴史を辿る展示、かつてベルリンの壁が立ちはだかっていた場所を記す地面の石、何気ない駅にある広告のような歴史解説の掲示板…
壁があった場所には石が埋められている
ベルリンの街中には負の歴史が溢れていた。
負の歴史。ドイツにとっては「加害者」としての歴史である。
駅を出たところにあった掲示。最初本当に広告かと思ったが、よく見ると電車でホロコーストに送られた歴史が書かれている。
日本にも“負の遺産”と呼ばれるものはいくつかある。原爆ドームはその最たる例だし、阪神淡路大震災や東日本大震災の追悼イベントやメモリアルなどもそれに入るかもしれない。でもほとんどは、その国の“被害”の歴史だ。どれだけ悲惨な目に遭ったか、それを忘れないために、後世に伝えるためのものだ。
けれどドイツは違う。どれだけ悲惨な目に遭わせたか。それを忘れないためのものが、ベルリンの街のあちこちに散らばっている。
チェックポイントチャーリーの隣にある、そこで起こった出来事を辿る展示
大学院でドイツの芸術を研究している先輩が言っていた。「ドイツは芸術に関しても、事あるごとに自分たちが犯した過ちを振り返って繰り返さないようにすることを考える。日本は自然災害が多くて、そこで一度すべてが失われると白紙に戻そうとする文化がある。」学術的にこの主張が正しいのかどうかは知らないが、私はこの言葉に妙に納得したのを覚えている。
実際にベルリンを訪れてみて、前半部分はかなり真に近いのではと感じた。でも後半部分は、少し付け加えたい。
たとえ白紙に戻す文化があっても、そこから反省して学ぶことは可能であると。
なぜなら、先に紹介したJewish Memorialもゴールドプレートも、決して昔からそのまま残っているものではないからだ。もちろんベルリンの壁やCheck Point Charlieのように昔のものがそのまま現存しているものもある。日本だったらもしかしたらそれは自然災害で崩れていたかもしれない。でも、加害の歴史を忘れないように、アートとして人々に訴えかけるものが現代に新しくたくさん作られているのだ。これは歴史を都度振り返り、伝え続けてきたことの証左ではないだろうか。
もちろんベルリンに住む人たちだって、研究者かなにかでもない限り、四六時中自分たちの歴史を考えているわけではないだろう。というか、ほとんどは忘れて暮らしていると思う。そうじゃなければこの歴史はあまりに重すぎて少し疲れてしまいそうだ。
でも、ふとしたときに思い出すきっかけがそこかしこにある。
なぜあんなにも残酷なことができたのか。
街を歩くだけで、きっと一生答えの出ない問いについて考える機会を与えてくれる。
この街が、この国が、人類史上最悪とも言える過ちを二度と繰り返さないために。
忘れない。忘れてはいけない。忘れさせない。
この街はいつだって、どこかで、誰かに、きっとこんなふうに静かに語りかけている。
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